*ボランティア論*

 今年も8月25~27日の二泊三日で福島県いわき市にボランティア活動に出かけます。この活動は今年で4回目。ご縁があって、東日本大震災で被害にあったこの地を訪ね、仮設住宅や学童保育所で木工のワークショップを行ったり、被災地を見たりしています。また、現地コーディネートをしてくださっている光景寺の住職はじめ、檀家さんたちが「見晴台学園大学サポーター」を作り、私たちの活動のサポートをしてくださっています。学生たちは震災の被害やその後の生活不安などを自分の目や耳で体感しています。また、いつも学生たちを温かく待っていてくださるサポーターのみなさんと会えることも楽しみにしています。今年はメンバーが総入れ替えのため、今までとは少し違う形での活動でいわきに行く予定です。(研究生たちも行く気満々ですが(^^;)

 現地に行くにあたり、事前学習も大切です。この間、東日本大震災についての基礎知識を資料を使って学習しました。

 2011年3月11日14時46分三陸沖を震源とするM9.0の地震が発生。これを東北地方太平洋沖地震という。この地震により津波が起こり、さらに原子力発電所事故による被害を東日本大震災という。

また、ゲストティーチャーに来ていただき、震災の様子などをリアルに教えていただきました。

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・ゲストティーチャーは福島県南相馬市原町に住んでいて、現在は名古屋市在住

・震災時は車で移動中で、異変を感じて駐車場に車を止めても地面が揺れているため、車が動いてしまう状態

・家族は全員無事、家は地盤が固かったためにコップ1個割れることなく被害ゼロ。またライフラインも無事

・地震後、子どもたちにはすぐにお風呂に入るように、あとは何回もご飯を炊いておにぎりを作り、この後迎えるであろう避難生活に備えた

・翌日、東京に出張中のだんなさんがなんとか帰宅。すぐに東京に一時避難することに。車に必要最低限の荷物を積み出発。その少し後に福島第一原発が爆発。

・この地に幼いころから住んでいただんなさんはチュルノブイリ事故のことを子どもの頃から知っており、この地にこのままいては危険だと判断

・ガソリンや物資不足の中なんとか親戚を頼って東京に到着。

・また爆発して東京も危険だという情報が流れ、避難地を岡山に変更。危機感と隣り合わせの数日。静岡県辺りでやっと安心

・家が原発から28キロだったので、長期の県外受け入れが難しい中、愛知県だけから連絡が入り、名古屋市に移住 現在に至る

地震が起き、津波が起こり、そして原発の爆発。これらのことがたくさんの人の人生を変えてしまいました。避難区域が解除されても地元に戻っている人はまだ半分。去年、仮設住宅の人もおっしゃっていましたが、何を基準にして避難解除をしているかわからない、本当に安全なのかわからない、報道だけを信じてはいけないよ…。この言葉は強く残っており、今回の話を聞いてさらに現地の声の大切さを感じました。そして、帰る選択を自分たちにさせてもらえないことに納得がいかないとゲストティーチャーもおっしゃっていました。

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 この講義には1年生と研究生2名も参加していました。今までも経験もあり、研究生のノートはメモでビッシリ。1年生もこういう機会を増やすことで少しずつ震災について知識を深め、自分たちに何ができるのかを考え始めることができたらと思います。                つづく…